日本初の国産カラコン『フォーリンアイズプレミアム』やその他安全なカラコンの選び方について

カラコンに日本製のものがあるのか知りたいと思っている人がいると思いますが、日本製のカラコンは存在します。
今はふたつのメーカーから日本製カラコンが出ています。

一つ目がフォーリンアイズです。
このフォーリンアイズは日本で一番最初に日本製カラコンを発売したメーカーです。
公式通販サイトでは最初は海外製と日本製のどちらかを選べたのですが、海外製は在庫が無くなり次第販売終了になっていて、どんどん日本製オンリーに切り替わっています。
しかし、フォーリンアイズのカラコンで日本製なのは1ヶ月交換タイプのみで、ワンデータイプはすべて海外製です。
それでもフォーリンアイズの日本製カラコンはカラー展開や大きめカラコン・小さめカラコンなど種類がとても豊富です。

そしてもう一つの日本製カラコンメーカーがトラスティトラスティです。
このメーカーはフォーリンアイズと同じ会社が運営しているので、フォーリンアイズの妹分的な存在のブランドです。
残念ながら扱っているカラコンの種類はたった3種類だけです。
しかしこの3種類は日本製なのにフォーリンアイズよりも値段が安いというのが特徴です。
この3種類のカラコンも全て1ヶ月交換タイプです。

ここまで読んでもらえればわかると思いますが、今のところ日本製のカラコンには1ヶ月交換タイプしかありません。
1日使い捨てのワンデーカラコンで日本製というのはありません。

日本製のカラコンを探している人の多くが「安全性」を重視して日本製を選びたいと思っているはずです。
しかし今書いた通りワンデーカラコンには日本製は無いので、海外製を買うしかありません。
海外製のワンデーカラコンを買うときに注意して欲しいのが、日本の厚生労働省に高度管理医療機器としての承認をされているカラコンかどうかということです。
もちろん承認済みカラコンの方が安全性が高いのでおすすめです。
街中のカラコンショップでは全部承認済みカラコンのはずなので、あまり注意することはありません。

注意が必要なのはネット通販で買う場合です。
通販の商品ページに「高度管理医療機器の承認番号」というものが記載されているかどうかを確認してください。
承認番号は商品ごとに違っています。
商品ページに承認番号が書かれていなければ、日本で承認されていないカラコンの可能性が高いです。
その他にも「韓国からお客様へ直送」「個人輸入代行方式での販売です」というような文章が通販サイト内にあれば、おそらく日本で承認されていないカラコンのはずです。

承認済みカラコンを扱う信頼できるカラコン通販サイトは「007速配コンタクト」「モアコンタクト」などがあります。

参考サイト:『日本製のカラコンって売ってるの?』(公式サイト)

様々なシーンで役立つ東京駅付近の安いホテル

東京に来る人には旅行、出張、受験、就職活動など、人によって色々な理由があると思いますが、東京駅の周辺で安いホテルを探している人がいるはずです。
東京駅の周辺のホテルというと宿泊料金の高いホテルが多そうなイメージかもしれませんが、格安料金で宿泊できるホテルもあります。

出張などの一人旅におすすめなのが「センターホテル東京」です。
東京駅から徒歩10分で行けて格安料金で宿泊できます。
部屋はシングルがほとんどなので、最初に書いた通り、一人旅で東京駅周辺に泊まる人におすすめです。
一階にあるフロントからコンビニまで直結で行けるので、便利だと思います。

複数人数で安く宿泊するなら「相鉄フレッサイン東京京橋」がおすすめです。
2011年の12月にオープンしたホテルなのでまだ新し目のホテルだといえます。
東京駅からは徒歩8分で行けます。
部屋はシングルが80室で一番多いですが、ダブルも61室あり、ツインは19室あります。
「相鉄フレッサイン東京京橋」の宿泊予約をするなら「じゃらん」という宿泊予約サイトがいいと思います。
なぜなら、宿泊プランが豊富に用意されているからです。
カップル向けのプランやファミリー向けプラン、赤ちゃん連れ家族プランなどがあります。
その他にも「家族旅行・学生旅行にオススメ☆▼最大ベッド4台6名様までOK!みんなでわいわいコネクトルーム」という宿泊プランもあります。
「センターホテル東京」と違ってフロント直結ではありませんが、このホテルもコンビニがすぐ近くにあって便利です。

東京駅から徒歩10分以内だとこのふたつのビジネスホテルが安く泊まれておすすめです。
さらに安く泊まるにはカプセルホテルがありますが、ここでは省略します。

参考サイト:『東京駅に近い安いホテル』(公式サイト)

サンプル投稿です 1974

 私の郷里は(宮城県玉造郡一栗村上野目天王寺)――奥羽山脈と北上山脈との余波に追い狭められた谷間の村落である。谷間の幅は僅かに二十町ばかり。悉く水田地帯で、陸羽国境の山巒地方から山襞を辿って流れ出して来た荒雄川が、南方の丘陵に沿うて耕地を潤し去っている。
 南方の丘陵は、昔、田村麻呂将軍が玉造柵を築いたところ。荒雄川の急流を隔てて北方の蝦夷に備えたのであろう。後に、伊達正宗の最初の居城、臥牛の城閣がこの丘の上に組まれ、当時の城閣を偲ばせる本丸の地形や城郭の跡が今でも残っている。
「栗駒おろし吹きなびく
 臥牛城下に生をうけ
 残されたりし英雄の
 ……」
 私達は子供の時分、そんな歌を歌った。

 その線は、山脈に突き当たって、そこで終わっていた。そしてそのまま山脈の貫通を急がなかった。
 山脈の裾は温泉宿の小さい町が白い煙を籠めていた。停車場は町端れの野原にあった。機関庫はそこから幾らか山裾の方へ寄っていた。温泉の町に始発駅を置き、終点駅にすることは、鉄道の営業上から、最もいい政策であったから。
 終列車を牽いて来た機関車はそこで泊まった。そして翌朝の最初の列車を牽いて帰って行った。
 終列車の機関車には、大抵、若い機関手が乗って来た。そして同じ顔が、五日目毎ぐらいの割に振り当てられていた。それは若い独身の機関手達の希望からであった。その出張費が、ちょうど、温泉の町での、一晩の簡単な遊興を支えることが出来たから。

 靄! 靄! 靄!
 靄の日が続いた。胡粉色の靄で宇宙が塗り潰された。そして、その冷たい靄ははるかの遠方から押し寄せてくる暖かいものを、そこで食い止めていた。食い止めて吸収していた。
 靄の中で桜の蕾が目に見えて大きくなっていった。人間の感情もまた、その靄の中で大きくなっていく桜の蕾のようなものだ。街の人たちはもう花見の話をしていた。
 靄が濃くなり暖かくなるにつれ、桜の蕾がその中でしだいに大きくなっていくように、人間の感情もまたその雰囲気の中でしだいに膨張する。前田鉄工場の職工たちの感情もまたそうだった。従前どおりに続いていく雰囲気の中で彼らの要求感はしだいに膨張して、弾けようとする力を持ちだしてきていた。